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熊本地方裁判所 昭和42年(行ウ)6号 判決 1971年8月23日

原告

日置喜代子

右訴訟代理人

本田正敏

外二名

被告

右代表者

小林武治

被告

熊本営林局長梅田三樹男

右両名指定代理人

日浦人司

外七名

主文

被告国との関係において、原告が昭和三八年九月三〇日熊本営林局構内における公務上の傷害に伴う権利を有する者であることを確認する。

被告国は原告に対し、金八万七、三五六円およびそのうち金四万〇、一五〇円に対する昭和三九年六月六日から、残金四万七、二〇六円に対する昭和四三年九月四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告国に対するその余の請求を棄却する。

原告の被告熊本営林局長に対する訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用中、原告と被告国との間に生じた分は、これを四分し、その三を同被告、その余を原告の負担とし、原告と被告熊本営林局長との間に生じた分は、原告の負担とする。

事実

第一  双方の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告らは原告が昭和三八年九月三〇日、熊本営林局構内において公務上の災害により負傷を受けた者であることを確認する。被告国は原告に対し、金一五万九、六二六円およびそのうち金一一万二、四二〇円については昭和三九年六月六日から、残金四万七、二〇六円については昭和四三年九月四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告熊本営林局長は原告に対し、金一一万二、四二〇円およびこれに対する昭和三九年六月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら指定代理人は、いずれも本案前の申立として、「原告の訴はいずれもこれを却下する(但し、被告国に対する訴については請求趣旨第一項のみ)。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案につき、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求原因<省略>

理由

第一被告国に対する請求

一原告が熊本営林局構内において公務上の傷害を受けた者であるとの確認の訴について

(一)  まず本件確認の訴の利益について検討する。

原告は、現に農林事務官として熊本営林局総務部福利厚生課に勤務するものであるが、昭和三八年九月三〇日午後零時三〇分ごろ、原告の勤務場所である事務室の庁舎から約三〇米はなれた別棟の共済組合物資部を結ぶ渡り廊下を通行中、付近空地でキャッチボールをしていた当時同営林局職員課職員訴外原田直が投げた球がそれて原告の右胸に命中したこと、原告が右事故による傷害(後記認定のとおり。)を理由にその後半年余断続的に勤務しなかつたところ、被告熊本営林局長が右傷害を公務外の災害と認定したこと、右事故が公務上の災害と認定されれば、原告は昭和三九年四月一日付で普通職三級一〇号に昇給すべきであつたが、公務外の災害と認定されたため、三ケ月遅れた同年七月一日付で普通職三級一〇号に昇給したこと、右三ケ月遅延の結果定期昇給のほか、原告が将来受けるであろうところの恩給、退職手当等にも影響するものであることは当事者間に争いがない。

以上の事実関係からすれば、原告は本件事故による傷害を公務外のものと認定されたため、右定期昇給の延伸、それに伴う恩給退職手当等における不利益のほかにも国家公務員災害補償法上の諸請求権を享受できない不利益を現に被つているものであるから、これらを除去し、右のような種々の権利を伴う身分を有する者であることの即時確定の法律上の利益を有するものというべく、その救済に別途個々的な給付の訴の途が存するとはいえ、それのみによつては抜本的に救済されえないものであるから、本件確認の訴には、その利益があると解するのが相当である。

(二)  そこで、右事故による傷害の有無程度について判断するに、<証拠>によれば、原告は、本件事故により、右第六肋骨骨折を伴う右側胸部打撲傷の傷害を受け、右肋骨骨折は治ゆしたものの、肋間神経痛に悩まされ、現在においても、胸部右側から背中の中央にかけて鈍痛があつて右症状は固定している状態にあることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  次に本件事故による傷害が公務上の災害であるかいなかについて判断する。

(1) 本件事故が公務遂行中のものであるか否かについて

<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

原告は、昭和三八年九月三〇日共済組合の貸付事務に従事していたところ、貸付日が毎月一日と一五日になつていたため、当日は貸付日を前日に控え、貸付関係の書類整理に忙しく、昼食後事務室に戻り、午前中に判明していた共済組合物資部勤務の農林技官自動車運転手訴外菊池九州男の提出にかかる貸付申込書の連帯保証人熊本営林局人事課訴外上河原聖について信用確実である旨の当該人所属長の承認印もれの不備を補正すべく、午後零時三〇分ごろ、休憩時間ではあるが、訴外菊池は前記のような職種がら通常の勤務時間よりも昼休みに在室していることが多いことから、右貸付申込書とともに、別棟の物資部に対する連絡文書を携帯して物資部に赴く途中、本件事故に遭遇したことが認められ、<証拠判断省略》。

右のように、原告は、休憩時間中に業務に従事していたものであつて、それが上司の命によるものであることについてはこれを認めるに足りる証拠は存しないが、前記認定のように、本件事故当時多忙をきわめ、特に休憩時間を利用した方が公務達成に好都合な事情が存し、その行為の内容も通常の職務と何ら異なるところがないことからすると、本件事故は、公務遂行中のものと認めるのが相当である。

(2) 業務起因性について

本件事故は、前記のとおり、休憩時間中に公務遂行中、たまたま職員のキャッチボールの球がそれて当つたことによるものであり、休憩時間中職員が構内でキャッチボールをすることは、通常見受けられるところであるから、右の事実のみをしても業務起因性を認めえないわけではないが、加うるに<証拠>を総合すれば、本件事故当時の前記渡り廊下附近の状況は、右渡り廊下を隔ててその両側が長庭となつており、右渡り廊下には屋根があるだけで下部には何等障壁がなく、営林局職員は、日ごろ休憩時間中に、右両中庭において、網を張るなどの防護措置をとることなく、前記渡り廊下と交叉するような位置でキャッチボール等をするのを常としていたものであるが、そのため本件事故前の昭和三八年夏ごろにも職員の訴外村上千鶴子、同松本伸子が前記中庭を通行中野球ボールにあたり軽傷を負つたことがあるほか、右中庭に面していた文書書庫の窓ガラスは飛来するボールで再三破損され、休憩時間に同書庫内に在室することは危険な状態にあり、かつ、また隣接の訴外森崎武雄方には、暴投球が飛び込んで硝子、屋根瓦を破損したこともあり、同訴外人から、職員に直接口頭で抗議を受けたばかりでなく、昭和三九年一月九日には、被告熊本営林局長あてに右趣旨を記載した陳情書を提出されたこと、その時まで被告熊本営林局長は前記のような中庭での休憩時間中における職員のキャッチボールを黙認し、同月中旬ごろ、初めて総務部長名でもつて、構内におけるキャッチボール、打球練習等を禁じる旨の部内通達を出し、構内の一部にネットをはつたことが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない)ることからすれば、本件事故現場である渡り廊下の両側の中庭でのキャッチボールには、右渡り廊下を通行する者に危険を及ぼすおそれが当然予想されるところであるから、その管理権者たる被告熊本営林局長は、これに対し何らかの危険防止策をとるべきであり、このことを黙過して何らの措置もとらなかつたことは、その施設管理に瑕疵があつたものというのほかはなく、この点においても、本件事故は公務に起因するものといわねばならない。

されば、本件事故による傷害は公務上の災害であるといわねばならず、原告の本件被告国に対する確認請求は理由がある。

二障害補償一時金請求について

前記認定の原告の肋間神経痛の後遺症状は、心因性の神経症によるものではないかという疑問がないわけではないが、前記一(二)掲記の証拠によれば、その直接の原因が本件事故による傷害によることが認められるので、本件公務上災害による身体障害として、国家公務員災害補償法上の障害補償の対象となるものというべく、その程度は、同法第一三条第一項別表の第一四級に該当するものと解するのが相当である。

しかして、同法所定の障害補償一時金の額は、平均給与額の五〇日分であるところ、原告の右平均給与額が金八〇三円となることは当事者間に争いがないのでこれに五〇日分を乗じてえた額金四万〇、一五〇円となる。

なお右障害補償一時金は、遅くとも被告熊本営林局長が本件事故を公務外と認定した昭和三九年六月五日には支払わるべきものと解されるので、被告国は原告に対し、前記金四万〇、一五〇円およびこれに対するその翌日の同年六月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

三給与等の差額請求について

原告が、本件事故による傷害のため半年余近く欠勤し、右傷害が公務外の災害と認定されたため、定期昇給が三ケ月延伸されて昭和三九年七月一日付で普通職三級一〇号に昇給し、その昇給の遅れが現在まで続いているが、本件事故による傷害が公務上の災害によるものとすれば、原告の所属する日本国有林労働組合と当局との間に存する原告主張どおりの定期昇給に関する労働協約により、原告が右定期昇給三ケ月遅延の不利益を受けることなく定期昇給したであろうことは当事者間に争いがない。

そこで、定期昇給について任命権者の発令行為が必須の要件であるか否かについて検討するに、前記当事者間に争いがないところの労働協約条項は、労働条件に関するもので規範的効力を有するものであり、この条項は労働条件の中でも基本的部分に属し、これは個別的な労働契約の内容となるものと解するのが相当であるから、任命権者の発令行為をまつまでもなく、右労働協約条項に従い定期昇給したものとして取り扱うべきものと解する。

しかして、原告は右のように遅れることなく定期昇給したものとして取り扱わるべきであり、その際受けうべき昭和三九年から昭和四三年における各四月から六月まで三ケ月間における給与、超過勤務手当、夏季期末手当の額と、原告が実際に支給を受けた同期間における給与等との差額については、被告国は、それが合計金四万八、四一八円となることを自認しているところであるから、被告国は原告に対し、原告の求むる右範囲内の金四万七、二〇六円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年九月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

第二被告熊本営林局長に対する請求

一原告が熊本営林局構内において公務上傷害を受けた者であるとの確認の訴について

まず、被告熊本営林局長の当事者適格の有無について検討するに、右訴は前記のように地位の確認を求めているので、法令に特別の定めがない限り、被告は権利義務の帰属主体でなければならないところ、被告熊本営林局長は行政機関に過ぎず、他に被告営林局長が当事者適格を有する旨の法令上の規定はないので、同被告は本訴に関しては当事者適格を欠くものといわねばならない。

次に、原告は、被告熊本営林局長は国家公務員災害補償法第三条に定める実施機関であるから当事者適格を有するものと主張するところであるが、人事院規則一六―〇第一条によれば本件の実施機関は林野庁であつて、実施機関の権限は林野庁長官が行うものとされ、同被告は同規則第三条第二項の規定により、右権限を同長官から委任されているものにすぎないから、本件訴の当事者となりえないことは明らかである。

さらに原告は、被告熊本営林局長は国家公務員災害補償法の一般法たる労働基準法に従い、同法第一〇条の「事業主のために行為する者」に該当するから、災害補償義務者であつて、当事者適格を有するものであると主張するが、昭和二二年に労働基準法(法律第四九号)が制定された当時、国家公務員の災害補償については、独自の法律がなかつたため同法を適用していたものであるが、国家公務員法(昭和二二年法律第一二〇号)第九三条ないし第九五条において公務傷病に対する補償制度を法律をもつて定めるべきものとされ、次いで昭和二三年法律第二二二号により同法付則第一六条が追加され、一般職に属する職員については、労働基準法は全部適用が排除され、さらに昭和二六年法律第一九一号をもつて国家公務員災害補償法が制定されたものであつて、右経緯からすれば、国家公務員災害補償制度は労働基準法上の労災補償制度とは別個独立のものであつて、独自の立場から解釈されねばならず、国家公務員災害補償法の規定によれば、補償義務者は国または実施機関であると解するのが相当である。従つてこの点においても同被告は当事者となりえないものである。

また原告は、被告熊本営林局長は人事院の復代理人であるから当事者適格があると主張するが、同被告は人事院の復代理人でないばかりでなく復代理人であることを理由に権利義務の主体となりうる理はないので、この点の原告の主張も採用の限りでない。

なお、原告は以上のように解すると、東京地方裁判所のみしか管轄がないことに帰するので憲法違反であると主張するが、国家公務員災害補償法を適用した結果、その補償義務者に対する請求の裁判管轄が東京地方裁判所となつても、同法により裁判管轄が定まるものではなく、これについては何ら関知しないところであるから、同法をもつて違憲無効ということはできない。

右いずれの点からも被告熊本営林局長に本件訴の当事者適格を認めることはできない。

二障害補償一時金請求について

災害補償義務者は、前記のとおり国または実施機関と解されるので、被告熊本営林局長には前同様当事者適格がない。

以上により、被告熊本営林局長に対する請求は、いずれも不適法な訴といわねばならない。

第三されば、原告の被告国に対する請求は、前記認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべく、被告熊本営林局長に対する訴はいずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(美山和義 宮本康昭 来本笑子)

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